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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)407号 判決 1983年5月31日

原告

アムペックス・コーポレーション

右原告訴訟代理人

飯田伸行

外二名

被告

特許庁長官

右被告指定代理人

山田利男

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告は「特許庁が昭和五五年八月二一日、昭和五一年審判第一六号事件についてした審判請求書却下決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四四年三月一日、アメリカ合衆国における一九六八年三月一日付出願に基づく優先権を主張して、その名称を「基準信号サーボ装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和四四年特許願第一五三一二号)したところ、昭和五〇年八月二〇日拒絶査定を受けたので、同年一二月二九日審判を請求し、昭和五一年審判第一六号事件として審理された。

ところで、原告が昭和五四年一〇月九日付手続補正書(以下「本件補正」という。)により、特許請求の範囲につき一発明増加したが、その際、一発明増加による出願手数料と審判請求料の納付がなかつたので、これに対し、同月一八日付補正指令書(同月三〇日発送(以下「本件補正指令」という。))により、同指令書発送の日より四〇日以内に一発明増加の出願手数料一、〇〇〇円及び審判請求料八、〇〇〇円の納付が命ぜられたが、その納付がないままに昭和五五年八月二一日「本件審判の請求書はこれを却下する」旨の決定があり、その謄本は遅くとも同年九月一日原告に送達された。なお、出訴期間として三か月が附加された。

二  決定理由の要点

本願発明の数は、本件補正により一発明増加したが、審判請求人(原告)は、その増加した発明について成規の出願手数料及び審判請求料を納付しないので、審判長から期間を指定して不足手数料の納付を命じたにかかわらず、指定期間内に納付がないから、特許法第一三三条第二項の規定により審判請求書を却下する。

三  決定取消事由

本件却下決定は、その根拠として特許法第一三三条第二項の規定に基づくものとしているが、その前提となる本件補正指令は同法第一七条第二項第三号によるべきものであり、同法第一三三条第一項に規定する補正指令に当らないから、根拠を欠いた違法な決定であり、取消されねばならない。

1  本件補正指令は、審判請求書の方式又は審判請求書に貼付して納付すべき印紙額の不足に対して行われたものではない。

審判請求書は、昭和五〇年一二月二九日提出され、その方式又は納付手数料に関する瑕疵は一切なかつた。したがつて審判長により、法第一三三条の規定による点検審査においてすでに適法とされたものである。

右審判請求に基づき特許庁長官に指定された審判官(三名の合議体)による実体審理がすでに開始され、昭和五三年六月六日には、合議体により拒絶理由通知(拒絶理由は「明細書の内容が法第三六条第四項、第五項に違反すると認める」)まで発せられた。

本件補正指令は、右実体審査開始後に提出された本件補正について命じられたものである。したがつて、本件補正につき「審判請求書」が却下さるべき理由は全く存在しない。

2  中間手続である本件補正に対しては、審判長は法第一三三条第一項の規定に基づく補正指令を発する権限を有さず、したがつて本件補正指令は法(昭和三四年法)第一七条第二項第三号の規定に基づいて発せられたものと解さざるをえない。そして、その瑕疵が治癒されない場合には、法第一三五条の規定に基づき、審判官の合議体が審決によつて審判請求を却下することができる。また右審決に至るまでは審判請求人は適法に瑕疵を治癒しうるものである。

3  しかるに、本件決定は、本件補正指令の指定期間内に補正がなかつたことを理由として、法第一三三条第二項の規定に拠つて、審判長が審判請求書そのものを却下する旨決定した。

そもそも法第一三三条第一項の規定は、審判長の権限として、審判請求書が法に定める方式を具備しないとき、及び審判請求書に貼付すべき法定額の印紙に不足があるとき、審判長がその補正を指令することができると定めて、審判請求書の点検審査権限を審判長に付与した規定にほかならない。

右規定は、同条第二項の規定とあいまつて、審判請求書の法定要件欠缺の場合に、合議体の審決によらずに、審判長単独の決定(その法的性格は命令)によつて審判事件を終了させる簡易処理方式を定めたものであるから、審判長の点検審査権限は、審判請求書の記載事項のうち形式に関する事項(含手数料)のみに限定されるとともに、審判請求書のみに限定され、中間手続には及ばない。

これは、法第一三三条の規定内容が、第一三一条と一体を成すものとして規定されていること、「手続」一般に対する審判長の補正指令権限がこれとは別に法第一七条第二項に規定されていることにより明らかである。

法第一三三条と同様の規定である民事訴訟法第二二八条の規定も前述のように解されているところであつて、両者を別異に理解すべき理由は全くない。

また、合議体による実体審査が開始された後には、審判長単独による簡易処理は許されず、審決によつて事件を終了させねばならないことも民事訴訟の場合と同様である。

法第一三三条第一項の規定が、右のように審判請求書の点検審査権限を審判長に付与したものである以上、中間手続である手続補正書に関する方式及び手続補正書貼付の印紙額について、審判長は法第一三三条の規定によつて簡易処理することはできず、法(昭和三四年法)第一七条第二項の規定により補正指令を発しうるに止まることは当然のことである。

これは、中間手続が有効になされた場合その効果が審判請求時(又は出願時)まで遡るものであるか否かという内容上の問題とは一切関係ないことである。

よつて、本件決定は、審判官の合議体によつてのみなしうる事項について、審判長が単独でなした点で誤りであり、違法であるから取消されるべきである。

第三  被告の答弁

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三の取消事由の主張は争う。

本件補正指令は、特許法第一三三条第一項の規定に基づいてなされたものである。したがつて、審判長が同法第一三三条第二項の規定に基づいて本件審判請求書を却下する旨の決定をしたことに何等違法の点はない。

1  本件補正指令書について

本件補正指令書は、次に説明するように、審判請求に必要な成規の手数料の不足に対する補正命令を内容とするものである。

(一) 出願手数料、審判請求料は、すべて特許請求の範囲に記載された発明の数に基づいて規定されている。

したがつて、出願時、審判請求時はもちろん、その後において特許請求の範囲に記載された発明の数を増加する補正がなされた場合、成規の出願手数料、審判請求料の納付がなされていないときは、補正命令が発せられることになる。

これに対して、特許請求の範囲に記載された発明の数を増加する補正でない限り、明細書の補正に係る手続補正書の提出に際しては、手数料の納付は何等必要とされない。

しかるに、明細書の全文訂正に係る本件補正は、特許請求の範囲に記載された発明の数を二個に増加する補正を行うものであるから、審判請求に必要な成規の手数料に不足が生じたことになり、したがつて、成規の手数料の納付がないとして補正命令の対象となる。

(二) 発明の数を増加する補正に伴う成規の手数料の納付について、特許法施行規則第一一条第二項において「特許請求の範囲に記載した発明の数を増加する補正により納付しなければならない手数料は、当該手続補正書を提出する際に納付しなければならない」と規定し、同規則同条第一項において、手続の補正は様式第五によりしなければならない旨規定している。

そして、様式第五は、手続補正書の様式を規定するとともに、その「備考」1において、「特許請求の範囲に記載した発明の数を増加する補正をするときは、一発明を増加する毎に一〇〇〇円の収入印紙をはる」と規定し、同様式の「備考」2において、あて先は、審判に係属中の場合はその事件に係る特許庁審判長とする旨規定し、発明の数を増加する補正に伴う成規の手数料の納付手続を規定している。

ところで、本件は、手続補正書により特許請求の範囲に記載された発明の数を二個に増加する補正がなされたにも拘わらず、本件手続補正書にはその補正に伴つて生じた成規の手数料の不足分に当る収入印紙が貼付されていないのであるから、「上記事件の手続補正書には成規の手数料の納付がない」として、その手数料を納付すべき旨の補正命令が本件補正指令書によつて発せられたのである。

2  本件補正指令の根拠条文について

本件補正指令は、次に説明するように、特許法第一三三条第一項の規定に基づいてなされたものである。

(一) 手続補正書による補正の効果は出願日まで遡るものと解せられていることから、審判請求後において明細書について補正がなされたとしても、該審判請求は、補正された内容の明細書について出願され、それについての審判請求がなされたものということになる。したがつて、その補正に伴つて方式に不備が生じたときは、そのような方式不備をもつたものとして出願され、審判請求がなされたものということになる。

そこで本件補正についてみると、当該補正により特許請求の範囲に記載された発明の数を二個に増加する補正がなされたのであるから、本件出願は、出願時及び審判請求時において発明の数は二個であつたといえるものであり、結局、発明の数が二個の出願についての審判請求がなされたものといえるものであるところ、本件審判請求時には、一発明に相応する成規の手数料が納付されているだけであるから、二発明に相応する成規の手数料の納付がないことになる。

そうすると、本件補正におけるごとく、特許請求の範囲に記載された発明の数を二個に増加する補正をする際に、該発明の数に相応する成規の手数料を納付しないことは、特許法第一三三条第一項に規定する「第一九五条第一項の規定による手数料を納付しないとき」の一態様とみられるものであつて、審判請求に必要な形式的要件を欠缺しているものといえるものであるから、同条同項の規定に基づき、審判長による補正命令の対象となる。

そして、指定期間内にその補正がなされないときは、同条第二項の規定に基づいて、本件審判請求書が却下されるものであつて、本件補正が却下の対象とされるのではない。

(二) 特許法第一三三条第一項の規定の他に同法第一七条第二項において審判長ができる補正命令について規定しているが、それは、同法第一三三条第一項に規定しているもの以外のもの(例えば、参加申請の際に納付すべき手数料を納付していないような場合)について補正命令を発しうべきことを定めたものであると解されている。

したがつて、本件手続補正書のごとく特許法第一三三条第一項で規定する同法第一九五条第一項の規定に基づく成規の手数料の納付がないときは、審判長は、同法第一三三条第一項の規定に基づいて補正命令を発することになる。

なお、本件補正指令が、審判請求に必要な成規の手数料の納付という審判請求に必要とする形式的な事項のみを内容としているものであることは明らかである。

3  以上述べたとおり、本件補正指令書は、審判請求に必要な成規の手数料の納付命令を内容とし、特許法第一三三条第一項の規定に基づいて発せられたものである。

したがつて、指定期間内に成規の手数料の納付がなされなかつた以上、審判長が同法第一三三条第二項の規定に基づいて本件審判請求書を却下する旨の決定をしたことは正当であり、その措置に原告の主張するような違法な点はない。

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、原告が主張する決定取消事由の存否について検討する。

右争いのない事実によれば、昭和五〇年一二月二九日になされた本件審判請求後、昭和五四年一〇月九日本件補正により特許請求の範囲につき一発明増加されたが、その増加による出願手数料と審判請求料の納付がなかつたので、これに対する出願手数料及び審判請求料納付の本件補正指令が同月一八日付で出されたが、その納付がないままに昭和五五年八月二一日本件却下決定があつたことが明らかであり、かかる場合に、特許法第一三三条第二項の規定に基づく決定により請求書を却下することができるか、もしくは、同法第一三五条の規定に基づく審決により却下すべきかが、本件の争点であり、その前提として本件補正指令が、同法第一三三条第一項の規定によるべきものか、若しくは同法第一七条二項三号の規定によるべきものであるかが不可分に関連する。

ところで、特許法第一七条第二項第三号及び第一三三条第一項の規定に基づく手数料納付の補正の対象をみると、いずれも、第一九五条第一項の規定による手数料を対象とし、第一九五条第一項が引用する別表によれば、出願手数料と審判請求料の双方を含んでおり、その限りにおいては競合する関係にある。

しかしながら、出願手続の一環としての審判手続の特則的な性質、そうしてまた、第三八条、第四四条、第一二三条第一項の対応関係から把握すべき、一発明増加の場合を含む出願手続、審判手続の一体性を考慮すると、第一三三条第一項における手数料納付に関する補正の規定は、第一七条第二項第三号の規定に対する特則と解するのが相当であり、一発明増加に伴う審判請求料の当然の前提となる出願手数料の不足に対する補正をも含むものとすべきである。

他方第一三三条第二項の規定と第一三五条の規定との関係を検討してみると、審判の請求要件のうち、方式性として、その存否につき、定型的、形式的な審理で足りるものを、前者によつて、審判長の決定に委ね、その他の請求要件として、その存否につき、個別的、実質的な審理を要するものを後者により、より慎重な合議体の審決に委ね、要件欠缺の場合の処理をはかつたものと解すべきであり、一発明増加に伴う出願手数料、審判請求料の納付の有無は、まさに定型的、形式的審査により、こと足りるものであつて、その納付がない時の処理を第一三三条第二項の規定に基づく審判長の決定による審判請求書却下に委ねて、何ら不都合、矛盾は生じない。

なお原告は、昭和五〇年一二月二九日に遡る本件審判請求手続の違法性及び昭和五三年六月六日に拒絶理由通知が発せられたことを根拠として、本件審判手続がすでに実体審理に入つており、本件一発明増加の段階では、第一三三条の規定に基づく方式審査及びこれによる処理ができない旨主張する。しかしながら、一発明増加の場合、手続として出願の当初に遡る効力が与えられるものの、増加された発明について本来の手続とは別個に出願手続が新たに開始されるものでないのと同時に、一発明増加した本件補正により(ちなみに<証拠>によれば、本件補正により全文訂正明細書が提出されている。)、補正された全体を新たに一体とする特許出願明細書として、特許要件の有無につき、実質的に改めて審理の対象としなければならないから、原告の主張する諸事実をふまえても、手数料納付もしくはこれに対する補正の処理が中間手続に属するとはいえず、方式審査の対象とすることが審判手続の性質、また本件のそれの実質に反するとはいえないので、原告の主張は採用することができない。

そうすると、冒頭掲記のような事実関係のもとで、特許法第一三三条第一項の規定に基づき補正指令により不足手数料の納付を命じ、その納付がないので、同条第二項の規定に従い、審判請求書を却下した本件決定は適法であつて、原告主張のような違法の点はない。<以下、省略>

(舟本信光 竹田稔 舟橋定之)

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